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拙訳を「読んでほしくない」と思っていたころ

(2015/02/28)

 このあいだ中井貴一と糸井さんの対談を見ていたら、中井貴一が「出演した映画は公開されてから自分でお金を払って観ることにしている」「キャンペーン前に観てしまうと(自分の演技の拙さが気になって)ひとに薦められなくなってしまう」「10年ぐらいたってから観ると、“おれ、案外がんばってたじゃん”と思えるんですけど(笑)」というようなことを言っていた(正確な引用じゃありません)。
 そのとき思い出したのが、もう15年ほど前にわたしの少し先輩にあたる翻訳者さんのおっしゃった「拙訳書を書店で見かけたら、お客さまにはレジまで持っていってほしいけど、読んでほしくない~」という言葉だった。
 お酒の席だったし冗談だったのだろうけど、当時、翻訳者としての仕事を始めてまだ日が浅かったわたしは「うわ、まさしく!」と思った。
 単独で訳書が出せるようになったことは本当に嬉しかったものの、自分の訳文に対する自信が皆無と言ってもいい状態で、本が刊行されるたびになんとも言えない複雑な心境になった。

 さすがにいまは「読んでほしくない」とは思わなくなりましたけどね。
 中井貴一じゃないけれど、10年ぐらい前の自分の訳を読み返して「あ、そんなにボロボロでもなかった」とホッとすることもあったり。
 ただ、それは自信が増したからというわけではない気がする。強いていうなら、自意識が減ったとか神経が太くなった(笑)からかもしれない。

 いっぽう、原書と邦訳の両方を読む読者さんの存在はいまも怖いまま。昔は「原書が読める方はわざわざ邦訳まで読まなくても……」と思っていた。
 でも、原書読みの方もいろいろで、ビギナーさんはちゃんと内容を把握できていたか確認するために邦訳を読んだりするとうかがった。それをきっかけに怖さとは少し違う感情も出てきた。
 いちおう翻訳を仕事にしている人間が、一般の人が本を読むよりは長い時間をかけて、調べものなどもしつつ、ごくふつうに日本に暮らしている人にもわかりやすいよう注釈を加えたり、工夫をしたりして日本語にしたものは、原書が読める人にも参考になる部分があるのかな、と。
 その工夫がいまいちだったりする場合もあるかもしれないんですけどね。原書読みのみなさんのなかには翻訳者より英語力や背景知識のある方もいらっしゃるだろうし。

 ロマンス小説は原書と邦訳の両方を読む方が多そうなジャンルなんですが、3月に刊行される拙訳書はそのロマンス小説(汗)。わたし自身とても楽しんで訳した本なので、読者のみなさんにも同じように楽しんでいただけると嬉しいなあ。
 この記事の最後のほうに書いたことに当てはまる作品なんですよ。

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プロフィール

島村浩子

Author:島村浩子
東京下町在住の翻訳者。ミステリ・ロマンス・ノンフィクション・児童書など訳してます。本のほかに映画・洋楽・ミュージカルが好き。
Twitter: @rhiroko
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訳書一覧はWorks 仕事をご覧ください。

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