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カーターの母とマイクルの母

(2022/7/31)

 酷暑が続いていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。前はニュースや天気予報で使われる「命にかかわる危険な暑さ」という表現にインパクトを感じていましたが、なんだかそれはもう当たり前のことになってしまったような……。

 さて、4月にこちらの記事でワニ町5巻に少し触れたとき、新キャラクターが登場すると書きましたが、そのうちのひとりは、実はカーター・ルブランクのお母さんです。カーターの身内といえば、イケおじウォルターが1巻からたびたび物語に絡んできていますが、5巻ではついにお母さんが出てくるだけでなく、早くに亡くなったというお父さんの話も少し出てきます。シリーズ読者のみなさんはどうぞお楽しみに。


(↑ワニ町5巻原書)

 このカーターのお母さんですが、訳者としては特にイメージを持っていたつもりはなかったものの、最初は「へええええ」とちょっと意外さを感じました。で、なんで意外に感じたのだろう?と自分でも不思議に思って考えてみたところ、昔ドナ・アンドリューズのメグ・ラングスロー・シリーズ(通称〈鳥シリーズ〉)を訳したときに、ある登場人物が強く頭に残っていたからだと気がつきました。ミセス・ウォーターストン——主人公の恋人であるマイクルのお母さんです。

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 鳥シリーズは主人公の鍛冶職人、メグ・ラングスローがさまざまな事件に巻きこまれるスラップスティックなユーモア・ミステリです。メグが1巻『庭に孔雀、裏には死体』で出会った恋人マイクルは、超ハンサムで(あれ、誰かと設定が似てますね(笑))まあまあ良識人。ところが、そのほかの登場人物はほぼ全員が変人なんです。3巻『13羽の怒れるフラミンゴ』から登場するミセス・ウォーターストンもかな〜り強烈なキャラクターでした。だから、立ち位置的に同じなカーターのお母さんについても、ミセス・ウォーターストンのような人が出てくるものと、無意識のうちに予想していたところがあったのだと思います。ワニ町も強烈な個性の持ち主で溢れてますので。

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(↑3巻裏表紙)

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(↑3巻にはカバーイラストの坂田靖子さんによるイラスト入り解説がついているのです)

 鳥シリーズの1巻『庭に孔雀、裏には死体』については、訳文のイメトレをした思い出があります。あの作品で、わたしは初めて長篇ミステリの翻訳を担当したのですが、ユーモア系の作品は読者のみなさんに笑っていただくことが大事なので、最初すごく緊張したし、どういう雰囲気の訳文にすればいいか悩みました。主人公の一人称で物語が進むのですが、上にも書いたとおり、メグは鍛冶職人というめずらしい職業に就いている(変人ではないけれど)ユニークな女性。そこここにシニカルな発言が盛りこまれていたりもします。参考になる語り口はないかと女性の一人称の作品、コージー系の作品などを再読したりしたもののピンとくるものが見つからず。次に語り手の性別や、ジャンルに関係なく、自分が好きな作品を読み返しているうちに、「あ、こういう感じに訳せたらいいのでは?」という文章に出会いました。

//受話器をおろして、椅子の背にもたれ、オフィスのなかを見まわした。わたし以外に動いているものといえば、ピノキオ時計だけ。一秒ごとに目が左右に動き、いつもにこにこ笑っているので、見ている分には楽しいが、パイクと同様、こちらが双方向の会話を求めているときには役に立たない。ジミニー・クリケットとミッキー・マウスの置物もあるが、このふたりも会話部門は苦手だ。オフィスのなかはきちんと片づき、清潔で、整然としている。請求書はすべて支払いずみ、手紙は返答ずみ。出張に備えて準備しておくべきこともさしてなさそうだ。わたしは気落ちした。大物私立探偵がきいてあきれる。友だちひとりつかまえることもできないとは。

 ロバート・クレイス『死者の河を渉る』(高橋恭美子訳・扶桑社刊・邦訳2000年)20ページです。主人公のエルヴィス・コールは男性だし、作品としてはユーモア系ではないけれど、エルヴィスの軽妙でテンポがよい語り口はメグの語りを日本語にする際、お手本になるのではと感じました。それで、自分の訳文が「なんかイマイチ(いやいま振り返るとイマハチぐらいだったと思いますが)……」と感じると『死者の河を渉る』を開いて読んで、訳文のリズムみたいなものを頭のなかでイメージしてから訳出作業に戻る——ということをくり返していました。
 『庭に孔雀〜』は2001年の刊行だから、もう20年以上も前……。でもこのときのことはときどき思い出すので書いてみました。


↑『死者の河を渉る』でいま出まわっているものは古書のみ。Amazonだとちょっとお高くなっているようです……。んが、エルヴィス・コール・シリーズはその後、版元が変わって刊行されています。ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。エルヴィスのシリーズはふだんハードボイルド系の作品を読まない方も楽しめると確信しています。
*『死者の河を渉る』はルイジアナ州が舞台で適度な恋愛要素もあり、ワニ町がお好きな方におすすめな巻だと思います。南部料理も出てきますしね。

プロフィール

島村浩子

Author:島村浩子
東京下町在住の翻訳者。ミステリ・ロマンス・ノンフィクション・児童書など訳してます。本のほかに映画・洋楽・ミュージカルが好き。
Twitter: @rhiroko
Instagram:@reepicheeph
Fedibird(マストドン):@rhiroko
Bluesky:@rhiroko
タイッツー:@rhiroko
訳書一覧はWorks 仕事をご覧ください。

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