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『イシ—二つの世界に生きたインディアンの物語ー』

(2021/6/6)

 シオドーラ・クローバー『イシ—二つの世界に生きたインディアンの物語ー』(中野好夫・中村妙子訳・岩波書店刊)を読みました。



 学生時代、授業の関係でアメリカ先住民をめぐる問題について、確か猿谷要さんが書かれた新書などを2、3冊読んでみたことがあったのですが、特に入植初期、白人が先住民にしたあまりにむごい仕打ちの数々が載っていて、決してセンセーショナルな筆致ではないのに文字どおり吐き気を覚え、読み進められなくなったことがありました。
 本書は著者がアーシュラ・K. ル=グインのお母さん、シオドーラ・クローバーであること、また訳者が中村妙子先生(中野好夫さんとの共訳ということになっていますが、実際はほぼ中村先生単独の訳であると、中野さんが訳者あとがきで説明されています)ということで、ぜひ読みたいと思い、買いました。でも、上記のような大学時代の読書体験があったため、読みはじめるには勇気が要り、時間がかかってしまいました。

 本書に登場するイシは実在の人物で、生まれたのは1861年か62年——ゴールドラッシュにより、白人がカリフォルニアへ押し寄せるようになってから12年ほどたったころでした。彼が10歳になったときには、彼らヤヒ族はほとんどが殺されるか、生活していた土地を追われるかしていたそうです。それから数十年が過ぎ、身内も死に絶え、ヤヒ族最後のひとりとなったイシが友好的な白人に発見にされたのが1911年。そのあとイシの親しい友人となったのが、カリフォルニア大学文化人類学科のアルフレッド・クローバー教授——ル=グインの父親となる人物だったのです。教授はイシの一生を本にする計画を持ちながら他界してしまいましたが、妻のシオドーラ・クローバーが夫の遺志を継いで、1961年に Ishi を刊行しました。さらにその3年後、少年少女向きに編集しなおしたものが刊行され、この1964年刊行版が、本書の原著になります。

 ル=グインのゲド戦記についてはこのブログでも何度か取りあげていますが、本書を読むと彼女があのシリーズのなかで描きだした世界の雰囲気、価値観は、こういう本を著す母、そしてそのもととなった研究を行った父という存在が背景にあったからなのだろうなと感じました。

 いつものように印象に残った箇所を抜き書きします。

夜のあいだに〈三つ塚〉の蔭に集まった二十人以上の白人が、村人がまだ寝静まっている夜明け前に村を襲ったんだ。とうさんがかあさんとおれを裏の木立のなかに隠したのを、おれはよく覚えている。あちこちで悲鳴があがり、鉄砲の音が雷鳴のように空気をつんざいた。何かの燃えるにおいがしていた。家の壁の蔭に隠れて、とうさんは敵を迎え撃った。二十丁の鉄砲に、弓矢だけで立ち向かったんだ。それでもとうさんの矢に当たって村の小道に倒れて死んだ敵は、一人や二人ではなかった。
(p.99 若者になったイシが、彼が幼いころに殺された父について回想する場面)

弓も、矢も、かわうその皮で作った矢筒も、銛も、いや、火起こし棒、ナイフ、削り器、のみ、台所用品その他日用品の大部分、食料品のことごとくが持ち去られていた。イシはトゥシの洗い熊とアメリカ・ライオンの毛皮のケープ、熊の皮の毛布、母親の羽毛のケープ、古くなって、あちこち繕われている兎皮の毛布を探した。何一つなかった。
(p.180 祖父、母、従妹と4人で隠れ住んでいた場所を白人に見つけられ、イシは祖父と従妹を先に逃がしますが、ふたりはおそらく逃走中に死亡。白人たちが去ったあと、母とふたりで生活するためにわずかでも取り返せるものがあればと、イシが家に戻った場面)

白人の神々、白人の英雄たちは、ヤヒ族にはよくわからない。白人の神々や英雄は、ジュプカ神や、カルツナ神や、ヤヒ族の英雄より利巧だ、ずっと利巧だ。白人の神々は白人に、車を、火を出す仕掛けを、道具を作る丈夫な鉄や鋼鉄を与えた。たくさんのいいものを与えた。……だが白人の神々は、白人が賢く生きるようにとは、願っていなかったようだ。〈生きかた〉を——白人のしたがうべきはっきりした〈生きかた〉を、示さなかったように、おれには思えるんだ。
(p.274 母も亡くなり、ヤヒ族最後の生き残りとなったあと、友好的な白人と暮らすようになったイシが語った言葉)

 コロナ禍であるのに、「???」となることがつぎつぎ強引に実行されてしまいそうないま読むと特に、わたしたち現代人が追い求めてきた/追い求めている生活ってなんなんだろうと考えさせられ、虚しさに襲われました。

 本書は児童書に分類され、対象が小学校6年生、中学生以上となっていますが、上の抜き書きを読んでいただけばわかるとおり、大人が読んでも読みごたえのある内容・文章です。中野さんは成人向けの『イシ』(行方昭夫訳)——1961年刊行版を原著とする邦訳——も薦めていらっしゃいますが、こちらは現在版元在庫なしのようです。「亡(ほろ)びゆくインディアンの運命など、はるかに痛烈な資料を使って書かれています」ということなので、機会があれば(そして勇気が出れば)、そちらも読んでみたいのですが。実はこの児童書版について知ったとき、日本では絶版だろうなと思っていたので、1977年の刊行以後、2012年に七刷となっていまもちゃんと流通していることに感動しました。

 アメリカ先住民の問題は黒人問題よりも取りあげられる機会が少ないようにも感じます。本書は彼らについて、さらにはほかの土地の先住民について(たとえば日本なら北海道のアイヌ民族について)思いを馳せるきっかけになると思います。

 ちょうど本書を読了したタイミングで『「犠牲区域」のアメリカ 核開発と先住民族』について知ることができたので、こちらも読みたいと思っています。


プロフィール

島村浩子

Author:島村浩子
東京下町在住の翻訳者。ミステリ・ロマンス・ノンフィクション・児童書など訳してます。本のほかに映画・洋楽・ミュージカルが好き。
Twitter: @rhiroko
Instagram:@reepicheeph
Fedibird(マストドン):@rhiroko
Bluesky:@rhiroko
タイッツー:@rhiroko
訳書一覧はWorks 仕事をご覧ください。

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