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訳注をつけるかつけないか、それが問題だ

(2018/12/03)

 ことし、とあるオフ会でお目にかかった読者の方から「以前、ある翻訳書で精神安定剤のバリウムが訳注をつけずに出てきたことがあったんですけど、日本でバリウムっていうと、胃の検査で使うものを思い浮かべますよね。訳注をつけるつけないはどういう基準で決めるんですか? ベイリウムやヴァリウムという表記を見たこともあるので、そっちのほうが誤解が少ないかなという気もしたんですけど」というような質問を受けました。
 Valiumはミステリなどによく出てくる薬品名です。わたしがまだ翻訳学習者だった20年以上前、翻訳学校の授業では造影剤のバリウムとの混同を避けるために、“ヴァリウム”や“ベイリウム”という表記を使う方法を教わりました。ただその後、わたしもValiumが“バリウム”と表記されているのを見て(訳注があったかどうかは記憶にありません)、「あれ?」と思ったことがありました。これは個人的な経験からの推測なのですが、“バリウム”という表記が使われる場合は、製薬会社の商標名である点を重視してのことかと思います。いつごろ(から)かは覚えていないのですが、校正の段階で固有名詞に関してメーカーやブランドが使用しているのと異なる表記を訳文に使っていると、確認を求められることが増えた気がします。“ブルックス・ブラザーズ”なら、「ブランド側が使用している表記は“・”なし」とコメントがつくといった具合です。

 実は冒頭のような質問を受けた少しあと、ちょうど訳出作業中だったジャナ・デリオンの Lethal Bayou Beauty (9月に『ミスコン女王が殺された』として邦訳が刊行されました)にValiumが出てきたんですね。で、わたしは今回どうしたか。





 訳稿を納品した段階では、“バリウム”が商標名であることを考慮して「バリウム(訳注 精神安定剤・筋弛緩剤)」としました。しかし、校正に入ってから「“バリウム”は造影剤との混同が予想されるので、“ヴァリウム”とする?」「もしくは“ジアゼパム”とする?」という内容の提案が編集部からありました。ジアゼパムはバリウムとして流通している薬品(化合物)そのものの名称です。わたしはいままで“ジアゼパム”を使う方法を知らなかったのですが、今回は“ジアゼパム”という表記に訳注をつける形を選びました。

 訳注をつけるかつけないかの判断は、訳者(と編集者)によって分かれるところかと思います。わたしは「訳注をつけるのが好きだし、自分が読者のときも訳注があると嬉しかった」という同業者さんにも、「つけません」(キッパリ)という人にも会ったことがあります。これはその人がどういうジャンルを訳しているか、教わった先生がどういう方針だったかなどが影響してくるところでしょう。また、訳注は使わなくとも、“精神安定剤”という言葉に“バリウム”や“ジアゼパム”とふりがなを振ったり、“精神安定剤のジアゼパム”と訳文に説明を入れこんだりする場合もあります。

 大事なのは、読者のみなさんにとって内容が把握しやすく、それと同時にスムースに読める訳文になるような対処を選ぶこと。とはいえ、これには読者層にどういう人が多そうかを考えることが必要になってくるので、特にジャンル分けがむずかしい作品を訳すときは、頭を悩ませることもあります。この点については、また機会があったら書いてみたいと思います。

*今回の記事は7月にアップしたこちらの記事のフォローアップとして書きました。

プロフィール

島村浩子

Author:島村浩子
東京下町在住の翻訳者。ミステリ・ロマンス・ノンフィクション・児童書など訳してます。本のほかに映画・洋楽・ミュージカルが好き。
Twitter: @rhiroko
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Fedibird(マストドン):@rhiroko
Bluesky:@rhiroko
タイッツー:@rhiroko
訳書一覧はWorks 仕事をご覧ください。

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